「ブランディング」は大企業だけのものか

ブランディングと聞くと、誰もが知っている大手銀行やアパレルブランド、IT企業がやる話だと思っていないだろうか。ロゴを刷新し、大きな広告予算をかけ、著名なクリエイティブディレクターを起用する――そんなイメージだ。

実はこれは逆だ。大企業は既にブランドが確立している分、ブランディングは「磨き直し」で済む。一方で地方の中小企業は、そもそもブランドが定義されていないケースが大半で、だからこそ本気で取り組む価値が大きい。

Webサイトやサービスの相談を受けていると、「リニューアルしたい」「新しい見え方にしたい」という要望はほぼ必ず出てくる。だが、その要望の奥にあるはずの「うちの会社は何者で、何を大事にしていて、誰にどう思われたいのか」という軸が、実は決まっていないことが非常に多い。

現場で実際に起きたこと

とあるECサイトのリニューアル案件での話。初回打ち合わせで、現場の役員が「▲▲▲(大手アパレルブランド)の世界観がいいんです、ぜひ」と要望を出した。その方針でデザインを固め、社長もおおむね同席のうえで確定。いよいよコーディングに進もうというタイミングで、社長がひとこと。

「私ね、裏原の⚪︎⚪︎というお店のサイトが好きなの。このデザインの方向性にして」

それまでの合意はゼロからやり直しになった。制作側からすれば「え、それを早く言ってよ」という話だが、これは特殊な事例ではない。大企業でも起きるが、中小企業では特に頻発する。

なぜこうなるのか ― KKD経営

原因ははっきりしている。ブランドが未定義・漠然としたまま、マニュアル化されず暗黙知になっているからだ。その背景にあるのが、いわゆる「KKD社長」の存在である。

  • K:経験
  • K:勘
  • D:度胸

長年の経験と勘と度胸で会社を引っ張ってきた経営者は、頭の中に確固たる「らしさ」を持っている。だがそれが言語化・共有化されていないため、社員や制作パートナーには伝わらない。結果、土壇場でのちゃぶ台返しが起き、時間とコストが無駄になる。

これは経営者個人の資質の問題ではない。中小企業の多くが、ブランドを言語化するプロセスそのものを経験してこなかったという構造の問題だ。

骨太な訴求内容を固めてからクリエイティブへ

リニューアルするにしても、コンセプトや訴求内容があやふやなままクリエイティブに着手すると、

  • 伝えにくい
  • 作りにくい
  • ぶれやすい

という三重苦に陥る。結果として「伝わりにくい」という、最ももったいない状態になる。

だからこそ提言したいのは、クリエイティブの前に骨太な訴求内容を固めることだ。具体的には次の2つを行う。

  1. 会社のブランド再定義(BI:ブランド・アイデンティティー)
  2. サービスの見える化(ブランド化・体系化)

BIを完全に決めきれなくても構わない。それに近い「握り」を経営陣と現場でしておくだけで、その後の意思決定が劇的に楽になる。

BIを決めておく利点

BI(ブランド・アイデンティティー)を決めておくと、次のような効果がある。

  • 社内のさまざまな決め事の「モノサシ」になる
  • 経営者から社員まで、共通のバイブルができる
  • 「今の社長の発言、BIとずれてませんか?」と問い返せる
  • 「この広告はBIを表現できていますか?」と検証できる
  • 「その行動はプロミス違反ですよね」と指摘できる

つまりBIは、飾りではなく判断基準として機能する。クリエイティブがぶれなくなり、結果として伝わりやすくなる。

ブランドとは何か、改めて

ブランドという言葉の語源は、古ノルド語の「brandr(焼き印を押す)」だと言われている。決して高級ファッション、時計、クルマのブランドだけを指す言葉ではない。製品はもちろん、企業、店舗など、あらゆるものに当てはまる概念だ。

ブランドは、人間の消費行動において、意識的にも無意識的にも大きな影響力を持つ。一般的には、名前(商標・銘柄・社名・商品名)、シンボル&ロゴマーク、デザインなどの組み合わせによって得られる「信頼性」「安全性」といった価値のイメージ、と定義される。

対して「アイデンティティー」とは、自分自身にしかない個の性質、つまり個性のことだ。「らしさ」や「ポリシー」もこれにあたる。

企業にとってのBI(ブランド・アイデンティティー)とは、ブランドが打ち出したいコンセプトを明確に表現したもの、ブランドに象徴させたいものを指す。これを確立するには分析的アプローチが必要で、まず自己分析、そして顧客・競合・事業戦略の分析が欠かせない。最終的にブランドの価値を決めるのは顧客であるため、顧客の動機への理解がブランド構築の核心になる。

強いブランドの条件

強いブランドには4つの要素がある。

  1. よく知られている
  2. 品質が保たれており、安心できる
  3. そのブランドならではの個性・特徴がある
  4. 草の根的にポジティブな話題となる(時代性を反映した特長)

そしてこれらが揃うと、次の4つの効果が生まれる。

  • 選ばれやすくなる(指名買い)
  • 値引きせずに売れる
  • 購入者の多くが良質のクチコミを発信する
  • 利益を向上させる原動力となる

地方中小企業がブランディングに取り組むべき本当の理由

ここまでの話をまとめると、地方中小企業がブランディングに取り組むべき理由は3つに整理できる。

1. ブランドが未定義であるほど、意思決定コストが高くつく KKD経営が悪いわけではない。ただ、それを言語化せずに制作パートナーや社員に「察してもらう」運用を続けると、土壇場のちゃぶ台返しのような形でコストが跳ね返ってくる。

2. 後継者・世代交代のタイミングで必ず必要になる 社長の頭の中にしかないブランドは、代替わりのたびに揺らぐ。BIとして言語化しておけば、経営が変わっても軸がぶれない。

3. 限られた予算だからこそ「一貫性」で差をつけられる 大企業のような広告予算がない中小企業ほど、メッセージの一貫性・ぶれのなさが競争力になる。BIはその一貫性を支える土台である。