クリエイティブの土壇場でちゃぶ台返しが起きる本当の理由

ある案件で実際に起きたこと
とあるECサイトのリニューアル案件。初回の打ち合わせで、現場の役員が要望を口にした。
「▲▲▲(大手アパレルブランド)の世界観がいいんです。ぜひこの方向で」
この方針でプロジェクトは進み、デザインもほぼ確定。社長も打ち合わせにはおおむね同席していた。デザインが固まり、いよいよコーディング工程に進もうというタイミングで、社長からひとこと。
「私ね、裏原の⚪︎⚪︎というお店のサイトが好きなの。このデザインの方向性にして」
それまでの合意はゼロからやり直しになった。制作側からすれば「それを早く言ってほしかった」という話だが、この社長は決してわがままだったわけではない。自分の中の「らしさ」の基準に忠実だっただけ、とも言える。問題は、その基準が事前に共有されていなかったことにある。
この現象はなぜ起きるのか
クリエイティブの現場で「土壇場のちゃぶ台返し」が起きる背景には、共通の構造がある。
1. 意思決定者が複数いて、それぞれ基準が違う
現場の役員は「競合や業界標準を意識したデザイン」を基準に判断していた。一方で社長は「自分が個人的に好きなサイトの世界観」を基準にしていた。どちらも間違いではないが、判断基準がすり合っていなかった。
2. 判断基準が言語化されていない
もし「うちの会社らしさ」がBI(ブランド・アイデンティティー)として事前に言語化・共有されていれば、現場の役員も社長も、同じモノサシでデザインを評価できたはずだ。だが基準が「頭の中」にしかないため、それぞれが自分なりの解釈でプロジェクトを進めてしまう。
3. デザインの検討を「好み」の議論から始めてしまう
コンセプトや訴求内容が固まらないまま、いきなり「どんな見た目にするか」というクリエイティブの議論に入ってしまうと、判断基準は必然的に個人の好みに寄っていく。土台となる骨太な訴求内容が先になければ、デザインの評価軸そのものがぶれる。
制作コストの無駄という意味
この手のちゃぶ台返しは、単に「めんどくさい手戻り」では済まない。実務的には次のようなコストとして跳ね返る。
- デザイン検討・確定にかけた工数がゼロからやり直しになる
- スケジュールが後ろ倒しになり、他の予定していた施策(広告出稿、キャンペーンなど)にも影響する
- 制作パートナーとの信頼関係にも影響しうる(「言った通りに進めたのに」という不満)
- 何より、意思決定に関わった現場メンバーのモチベーションが下がる
これらはすべて、事前にブランドの軸を共有していれば避けられたコストだ。
予防策:クリエイティブの前に骨太な訴求内容を固める
この問題への対策はシンプルだ。デザインの検討に入る前に、次の2つを固めておく。
- 会社のブランド再定義(BI):うちの会社は何者で、何を大切にしているか
- サービスの見える化(ブランド化・体系化):それをどう表現・体系立てるか
この骨太な訴求内容が固まっていれば、デザインの議論は「好みが合うか合わないか」ではなく「BIに沿っているかどうか」という共通の基準で進められる。役員も社長も同じモノサシを持つことになるため、土壇場での方向転換が起きにくくなる。
制作パートナー側にできること
コンサルタントや制作会社の立場からできることもある。
- プロジェクト開始前に、意思決定者(特に最終決裁権を持つ経営者)に必ずヒアリングし、BIやブランドイメージについての認識をすり合わせる
- デザインの方向性を提案する際は、「なぜこの方向性なのか」をBIに紐づけて説明する
- 決裁ルートに複数人が絡む場合は、初回の要件定義の段階で全員の認識を揃える場を設ける
これは追加の工数に見えるかもしれないが、土壇場のちゃぶ台返しで失われるコストと比較すれば、圧倒的に安い投資だ。
まとめ
- 土壇場のちゃぶ台返しは、複数の意思決定者の判断基準がすり合っていないことで起きる
- 原因は、ブランドの軸(BI)が言語化・共有されていないこと
- クリエイティブの議論に入る前に、骨太な訴求内容を固めておくことが最大の予防策
- 制作パートナー側も、初期段階での意思決定者へのヒアリングを徹底すべき