訴求内容があやふやだと、PR・広告は空回りする
PR・広告の技術をいくら磨いても、その前提となる「何を、誰に、どう伝えたいのか」が固まっていなければ、活動そのものが空回りする。訴求する内容があやふやなまま情報発信を始めると、伝えにくい・作りにくい・ぶれやすいという三重苦に陥り、結果として「伝わりにくい」というもったいない状態になる。
だからこそ、PR・広告の前に必要なのがBI(ブランド・アイデンティティー)の整理だ。「会社のブランド再定義」「サービスの見える化」という、ブランディングコラムで扱ってきたテーマが、実はPR・広告の土台そのものになる。
実践事例:都内のあるお寺のケース
実際にBIを起点にコミュニケーション設計を行った事例を紹介したい。都内で長い歴史を持つ、あるお寺のケースだ。
このお寺は「開かれ、愛され、親しまれる寺院」として、特に未来を担う子供や女性を中心に、幅広い層と接点を持ちたいと考えていた。永代供養墓の完成により、墓地の継承や墓じまいに不安を持つ檀家・非檀家層への新しい取り組みの基盤もできていた。一方で、寺院・住職とのウェットな関係を望まない若い世代の意識変化により、既存の市場そのものが縮小するという、業界共通の構造的な課題も抱えていた。
訴求点を絞り込む ― ランチェスター戦略
このお寺には、オリジナル制作された「伎芸天(ぎげいてん)」という独自の像があった。芸能や技芸の上達、福徳円満を司る守護神とされる存在で、新型コロナウイルス収束の発願とともに制作されたという背景も持っていた。
大企業のように、あらゆる取り組みを同時にすべて訴求しようとすると、広域に大量の広告を投下できる体力のある「ガリバー企業」の戦い方になってしまい、中小規模の組織には分が悪い。そうではなく、限られた範囲で特色ある訴求を、特定のターゲットに絞り込んで行う方が、成功の確率は高まる(これは第一次世界大戦の頃にランチェスターが考案した法則を、経営・マーケティング戦略に転用した「ランチェスター戦略」の考え方である)。
そこで提案したのが、「伎芸天」をこのお寺のアイコンとして訴求点を絞り込むという方向性だった。「◯◯といえばあのお寺だよね」と一言で言われるような、シンプルで覚えやすいポジションを狙う。
受け皿(サイト)の整理
訴求の軸が決まったところで、受け皿となる自社サイトの整理にも着手した。具体的には次のような点を指摘・提案した。
- HTMLのh1タグ(検索エンジンに「最も強調したい文字列」を伝えるタグ)が、当時1ページに6つも使われており、検索エンジンが何を強調すべきか迷う状態になっていた。基本は1ページに1つに整理する
- トップページのファーストビューに、アイコンとなる伎芸天のイメージとテキスト(h1)を配置する
- 重要キーワードはテキストとして表示し、適切な見出しタグ(h1・h2・h3)でくくる
- 檀家・非檀家を問わず素朴な疑問に答えるFAQページを新設し、訴求したい内容を代弁させる
- フォロワー数の多いSNSの投稿をサイト側にも連動表示させ、自社メディアとしての質を高める
ネタとしての強さも確認する
前回のコラムで紹介した「PRになる7要素」に照らしても、このお寺の取り組みは相性が良かった。伎芸天のお披露目は新規要素、高円寺の四大祭りとの連動は時流要素、永代供養墓は現代的な不安に応える実利要素として、それぞれPRのネタになり得た。実際に、関連する取り組みが地域経済新聞やテレビ番組で取り上げられた実績もあった。
BI → 受け皿 → PR・広告、という順番
この事例が示しているのは、業種を問わず通用する順番だ。
- BI:何を軸に据えるか(絞り込み含む)を決める
- 受け皿:自社サイトなどのOwned Mediaを、そのBIを体現する形に整える
- PR・広告:整った軸と受け皿をもとに、ネタを探し、発信する
順番を飛ばして③から着手すると、せっかくの露出も「結局何屋さんなのかよくわからない」という印象で終わってしまう。中小企業がPR・広告で成果を出したいなら、遠回りに見えても、まずBIを固めることが一番の近道になる。
1987年より東急電鉄系広告会社で企画営業として、ソニー系のプロジェクトをハンドリング。2000年に米国ストラテジックインターネットサービスプロバイダーとのジョイントベンチャー設立メンバーとして参画。2002年からは取締役クライアントパートナーとして、大手企業のブランディングやWebマーケティングに従事。2007年よりIMC型広告コンサルティングを経て、2013年に株式会社エルテックスに入社。エルテックスでは、自社製品のUI開発やECサイトのリニューアルプロジェクトに参加。2020年に株式会社A5bpを設立し代表取締役に就任、以降中小企業のブランディングやマーケティング&コミュニケーション支援に専念している。